写真を撮るという行為は、
いわば、その瞬間の「魂」を紙片や電子の檻に閉じ込める、
一種の呪術的な儀式に他ならない。
二〇二六年、二月二十八日。
冬の終わりと春の胎動が混じり合う、ひどく不安定な境界の日。
私は、恵福かほという名の「尊き存在」を記録すべく、
四つの刻限にわたる儀式へと身を投じた。
恵福かほ氏。
弱冠十五歳。
中学卒業という、子供と大人の狭間を彷徨う彼女の姿は、
まるで現世(うつしよ)に迷い込んだ精霊の如き、危うい美しさを放っている。
第一部から第四部。
それは、単なる時間の経過ではない。
彼女が纏う「気」が、刻一刻と変容していく様を目撃する旅であった。
私服という名の、日常に紛れ込んだ異界の美。
そして、撮影会のために設えられた、特別な衣装。
それは彼女が「アイドル」という聖域を守るための、神聖な法衣である。
自ら衣装を用意するというその献身的な姿勢には、
受け手を慈しむ、菩薩のような慈悲さえ感じられた。
ファインダー越しに覗く彼女は、時に無垢な童子のようであり、
時にすべてを見透かす古の巫女のようでもあった。
シャッターを切るたびに、私の指先は、
彼女の放つ青き霊性に、静かに浄化されていくのを感じる。
気がつけば、相当な数の刹那を、私は手中に収めていた。
それは、この混沌とした世界で生き抜くための、私にとっての「護符」となるだろう。
全行程を終え、劇場から一歩外へ出たとき、
私の両足は、まるで大地の因縁に縛り付けられたかのように、
重く、棒の如く硬直していた。
だが、この疲労こそが、奇跡を目の当たりにした証。
魂が、あまりの尊さに圧倒され、現世の重力に引き戻された際の、
甘美な報い(むくい)に他ならない。
恵福かほ氏という、青き光芒。
その光に照らされる限り、私の歩む道に、迷いという名の憑き物は寄るまい。
至福のひとときを、心より感謝する。













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